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らいんはると様のヤン提督誕生記念SS

そして紅茶を一杯!〜


●あのフレデリカも普通の女の子だったわけで…彼女の士官学校時代の一幕です。ヤン提督に捧げまする。(by らいんはると様)


<第1話>

「フレデリカ、まだなの? そろそろ行くわよ!」 
ルームメイトの声に急かされながら、フレデリカはドレッサーの前で淡い色の口紅を塗っていた。
待ちかねたルームメイトが化粧室に入ってきたのと、フレデリカがそのリップスティックを置いたの
はほぼ同時だった。
母から譲られた、深いブルーのグラデーションを基調にした品の良いワンピースの裾を気にしながら、
フレデリカは華やかに着飾ったルームメイトにおそるおそる訊ねてみた。
「やっぱり私も行かなきゃダメ?」  
ルームメイトは目を見開いて、帝国の首都星まで轟きそうな声を挙げた。
「何言ってるのっ?!」  
フレデリカは慌ててルームメイトにボリュームを落とすよう、全身で懇願した。
心持ちボリューム を落として、ルームメイトは続けた。
「ああ、フレデリカ、今更何を言い出すの?だいたい男子寮主催のダンスパーティに招待されるな
んて、滅多にあることじゃないのよ! チャンスなのよ、チャンス!」
「でも…」
「いいこと? 次のパーティにも招待される保証なんてないのよ。今夜を逃したら、きっと一生後悔
するわ! さ、行きましょ」  
反論する隙も与えられず、フレデリカはルームメイトに手を引かれながら部屋を後にした。

寮の玄関にある受付のスロットにIDカードを通すと、スロットの上の小さなディスプレイに「外出許可・門限時刻 22:00」の文字が現れた。
二人はIDカードをバッグにしまうと、夕闇に包まれた街に出た。  
アルゼント街の居酒屋が並ぶブロックまでやってくると、あちこちの店から賑やかな若い声が聞こえてくる。 
フレデリカはルームメイトと共に、招待状に記載された店へと入っていった。
表通りに面した店の 入り口はこじんまりとしていたが、中に足を踏み入れると、外から見た印象よりも広々としていた。
す でに店内は、一目でそれとわかる士官学校の生徒達と、着飾った若い女性達で賑わっていた。 
着飾ってはいるが女性達も皆、フレデリカには見覚えのある同盟軍士官学校の生徒だった。

貸し切 りになっているらしく、他の客は一人も見当たらない。
フレデリカたちが入って行くと、入り口近く に陣取っていた5、6人の士官候補生達が二人をとりかこんだ。
「やあ、よくいらしてくださいました。お待ちしていたんですよ」
「はじめまして。いや、ミス・グリーンヒル、噂に違わずお美しい…」
「さ、どうぞ中へ」  
甘い言葉を洪水のように浴びせられて、ルームメイトの方は頬を紅潮させていた。
フレデリカの方 は「失礼にならない程度」の挨拶とお愛想笑いを返すと、部屋の隅の方へと人ごみを避けていった。 

間もなく、照明がいくぶん落とされて、軽やかな音楽が流れ始めた。
早くも何組かが思い思いのパ ートナーと踊り出し、その中にはフレデリカのルームメイトも混じっていた。 
自分から壁の花を決め込んで、冷えたアップルソーダを飲みながら、ぼんやりと踊っている連中をながめていると、
一人の士官候補生がフレデリカに近づいてきた。
「こんばんは。賑やかな夜ですね」  
士官候補生は照れくさそうに挨拶をすると、近くのテーブルから冷えてはいるが明らかに安物のシ
ャンパンのグラスを手にすると、フレデリカの隣に落ち着いた。
二人ともグラスを手にして、中央のダ ンスフロアに視線を向けたまま、壁にもたれていた。

「あなたは踊らないのですか?」  
しばらくの沈黙ののち、視線を動かさずに士官候補生はフレデリカにたずねた。
そしてまた、フレ デリカも、幾分焦点のぼやけた視線をダンスフロアに落ち着かせたまま、
気の無い返事をした。
「ええ、ダンスはあまり得意ではありませんの。あなたこそ、お相手は?」
「僕は…その、友達の付き添いというか、成り行きで来てしまったので…正直言ってこういった賑や
かな場所は、あまり好きではないんです」  
この店に入ってからというもの、歯の浮くような、わざとらしい甘さを帯びた誘いの言葉に、いい
加減うんざりしていたところだったので、フレデリカは隣から発せられたその言葉に新鮮味を感じた。
何とはなしに、隣の人物に視線を移動させると、相手も同時にフレデリカに向けて、目線を動かした
ところだった。  
その士官候補生と目が合った瞬間、フレデリカは心の奥に微量の電撃が走った気がした。 
彼はプラスチック製のシャンパングラスを手に、フレデリカより頭一つ半分も高そうな、その長身
を壁にもたせかけて微笑んでいた。士官学校の制服の胸元を心持ちルーズにさせて、ベレーは左肩の
肩章に挿ませているその姿は、彼の、決して派手ではないその風貌に妙にはまっていた。

to be continued...


<第2話>

初めて見る顔だった。  
フレデリカは、その父によって知れ渡っている姓名と、躍動感溢れるヘイゼルの瞳が魅力的な容貌
で、士官学校ではちょっとした有名人だった。
知らない先輩や後輩から、突然声を掛けられることも しばしばだった。  
そういったささやかな出会いの記憶をたどってみても、その顔を検索し出すことはできなかった。
(今までに、一度でもこの人に会っていれば、忘れることなんてないはずなのに…) 
記憶力抜群と誉めそやされてはいるものの、それは決してフレデリカの奢りではなかった。
何故なら彼の風貌はフレデリカにとって、決して忘れ得ない要素を多分に含んでいたからである。 
くせのありそうな長めの黒髪、黒い瞳。お世辞にも洗練されているとは形容しえない、だが、ハン
サムと言えなくもない顔立ち…

数瞬の後、その士官候補生の声でフレデリカは我に返った。
「どうかなさいましたか?」  
フレデリカは両の頬に若干の熱を感じながら、手の中のアップルソーダのグラスに視線を落とした。
「いえ、あの…どこかでお会いしたことがあったかしら、と思って」
「僕はあまり寮からも出歩きませんし、多分、初対面だと思いますよ」  
落ち着いたトーンの話し方に安心感を覚えて、フレデリカは顔を上げた。
「そうね、私の勘違いのようでしたわ」  
彼はにっこりと微笑むと手にしていたシャンパンを飲み干した。
フレデリカも、すっかりぬるくなってしまったアップルソーダで、喉の渇きを癒した。
 
空のグラスをワゴンに置いた時、ルームメイトが息を切らせるようにしてフレデリカのもとに駆け寄って来た。
「フレデリカったら、こんなところで何をしているの?じっとしてるだけじゃダメじゃない。こっちへいらっしゃいよ!」 
ルームメイトはそう言ってフレデリカの手を取ろうとした。
それと同時に、彼女はフレデリカの隣 で、呆気にとられている黒髪の青年の姿に気が付いた。
フレデリカと彼の顔を交互に見ながら、 彼女は破顔した。
「あら、まあ、そういうことだったのね。ごめんなさい。よけいなお世話だったみたいね」
「ち、違うのよ、そんなんじゃないの、ねぇ…」
「照れなくてもいいのよ。よかったわ、フレデリカはモテるのに奥手だから…じゃ、お互い楽しみましょうね」 
フレデリカには一言も口を挟ませずに、まるで姉か母親のように、ルームメイトは相変わらず呆気
に取られているままの士官候補生に会釈をした。
「ちょっと堅くて、奥手なところはあるけど、優しくて明るい子よ。どうかよろしくお願いしますね」 
勝手な思い込みで一方的に祝福をすると、彼女は再びダンスフロアの方へと去っていった。 

台風一過。そんな感じだった。フレデリカと士官候補生は顔を見合わせて、思わず吹き出した。
「…その…にぎやかな人だね」
「ごめんなさいね。悪い人じゃないんだけど」
「僕の方は勘違いをされて光栄だけど、あなたにとっては迷惑だったんじゃないかな…?」
「そんなこと…」  
その時、ダンスフロアの照明の色が変わり、音楽の調子も軽快なものから、ゆったりとしたものへと変化した。 
台風が取って返してきた。
「せっかくだから、あなたたちも踊りなさいよ!なにも二人して壁に張りついてることもないでしょ」 
フレデリカと士官候補生は、嵐に巻き込まれるごとく、ダンスフロアに引きずり出された。
逃げ出 すこともできず、二人とも頬を染めて冷や汗をかいていた。周囲の冷やかしの声にうながされるままに、
二人は手を取り合って、音楽に合わせて少しばかり不器用にステップを踏んだ。 

時間にして、3分弱の短い曲だったが、フレデリカには1時間にも2時間にも感じられた。
1曲を どうにか踊り終え、二人は引っ張り出された時と同様に、転がるようにして、ダンスフロアの
人ごみを脱け出した。  
再び、部屋の隅の壁によりかかって深呼吸をしていると、黒髪の士官候補生が、フレデリカの目の
前に冷えたアップルソーダを差し出した。
「どうぞ。喉、乾いたでしょう?僕はカラカラです」
「どうもありがとう、いただくわ」  
二人とも、パーティのダンスの後といった雰囲気ではなく、筋肉トレーニングや陸上教練の授業の
後のように、ごくごくとアップルソーダを飲み干した。
一気にグラスを空にすると、士官候補生は穏 やかな黒い瞳をフレデリカに向けて、遠慮がちに言った。
「もう少し、静かで落ち着いたところに行きませんか? あ、もちろん迷惑じゃなければの話ですが」 
フレデリカは少し躊躇ったが、同意した。
ルームメイトは賑やかなグループの中で、パーティを楽 しんでいるようだったし、門限にさえ間に合えばそれで良いと思った。


<第3話>

店を出ると、熱気に包まれていたせいか、頬をなでる夜の空気が心地良い。 
居酒屋が建ち並ぶブロックを抜けるように、士官学校へ向かって歩いていくと、
昼間色の照明が溢れ出ている店があった。
昼のうちは学生相手の明るい雰囲気の喫茶店だが、夜になると落ち着いてゆったりと
酒が飲めると評判の店だった。
二人ともその評判を耳にしていたので、その店に入ることにした。 
窓際のテーブルにつくと、店の主人に薦められるままに黒髪の士官候補生はグラスワインを、
フレデリカはクランベリーのソーダを注文した。 
すぐに照明に映える、淡い薔薇色をしたワインとソーダが運ばれてきた。
「改めて、乾杯ですね」
「じゃ、乾杯」 
一息ついて交わした会話は、あまり個性的なものとは言えなかった。
まして、薔薇色の液体の持つ雰囲気にはそぐわない、とりとめのない会話で、
一般的な士官学校生のそれと何ら変わりがなかった。
《あの戦術理論の講義は云々》とか《この前の試験の傾向が云々》などというような話ばかりだった。

それでも、フレデリカにとっては、甘ったるい言葉を浴びせられるよりかは、
数十倍も楽しいひとときに感じられていた。 
最初はお節介のように思っていたルームメイトの誘いだったが、今になって(やっぱり、
彼女の言う通り、パーティに出てよかったのかしら)とまで、思うようになっていた。
目の前にいる、黒髪の士官候補生に出会えたのも、彼女のお陰なのかもしれない、と。
 
ぼんやりとそんなことを考えていると、突然テーブルにサンドイッチの皿が置かれた。
驚いてその士官候補生の顔を見ると、すまなそうな微笑みがかえってきた。
「僕が頼んだんです。パーティ会場では何も食べなかったので、お腹がすいちゃって…いかがです?」
「そうでしたの。注文をしたのに気付かなくて…そうね、少しいただきます」 
ワインとソーダのグラスを横に押しやると、二人はサンドイッチをつまみながら、
今度は卒業生の消息や、先輩達の評判について語り合った。
しばらくして、黒髪の青年が苦笑混じりに言った。
「このワインにサンドイッチは合わないみたいですね」
「何か飲み物を頼みましょうか?」 
フレデリカが手招きをして、ボーイをテーブルに呼び寄せた。
黒髪の青年はおしゃべりをしながらのワインとサンドイッチの取り合わせに、
少々むせたらしく、胸を叩いている。
「ご注文は?」 
ボーイの声を受けて、フレデリカはむせかえる青年に目で問い掛けた。
ごくりと、やっとの思いでサンドイッチを飲み下すと、彼は涙目のまま、どうにかボーイにひとことだけ言った。

「…ブ、ブレンドコーヒーを…ブラックで」


<第4話>

門限にはまだまだ余裕がある時刻だった。
ルームメイトはまだ戻ってこない。
ブレンドコーヒーの士官候補生には申し訳ないが、フレデリカはあの後、
すぐに適当な言い訳をすると、そそくさと寮に戻ってきてしまった。
そして、部屋にたどり着くまでの間、ある人物に対する後ろめたさをどうし
ても拭い去ることができず、自然と歩調は速くなった。 
こんな話をしたら、ルームメイトはまた「やいのやいの」とうるさく言うだろう。
だが、そんなことは、もう、どうでもよかった。
フレデリカは心の中で静かに眠っていた気持ちが、ただの想い出や憧憬ではないと、
ハッキリと自覚することができたのだから。  

化粧を落として、シャワーを浴び、ワンピースも丁寧にクローゼットにしまった。 
まだ、湿ったままの金褐色の髪を清潔なタオルでまとめて、
フレデリカはライティングデスクに向かっていた。
ボタンを押すと、机の中央に端末のキーボードとディスプレイがせりあがるようにして姿を現した。 
プライベート用のメニューを表示させて、キーワードを入力する。
ある項目を選んでキーを押すと、アクセスランプが2,3回点滅して、
もう何度も何度も、繰り返し読んだ、ある新聞記事が画面に表示された。
『エル・ファシル 奇跡の脱出行』 見慣れた記事の見出しが、今夜ばかりはヘイゼルの瞳に少し眩しかった。 
フレデリカは頬杖をつくと、大きくため息をついた。
「そうよね…彼みたいな人、他にいるわけがないものね」 
キーを押してその新聞記事をスクロールさせると、ある人物の写真が画面に映し出された。
写真の下には、記事の本文より小さ目の文字で、『脱出行における若き英雄』といった賛辞と、
その人物の簡単な経歴などが書き添えられていた。 
フレデリカは画面に映ったその人物の輪郭を指でたどって、ぽつりと言った。
「ねぇ、私のこと、覚えてる? あーあ、もう一度あなたに逢える日が本当に来るのかしら…。」


イゼルローン宙域の近隣まで出ている、とある戦艦の片隅で、風邪の兆候も無いのに
やたらとクシャミが出てしまうことをいぶかしむ一人の若い佐官がいた。
「っくしょん!…ふぅ、さてはキャゼルヌ先輩がまた私の悪口を言ってるな」 
彼にしてはだいぶ的外れな推測をすると、こそばゆい感覚をおぼえて、頬から顎へと一撫でした。
「早く帰って、おいしい紅茶を飲みたいなぁ…ぁ、はぁっくしょんっ! はあぁ…」 

彼女が彼と再会するまでには、まだ4年分ほどのカレンダーが残っていた。