TOP > イザークさんのヤン誕生日記念SS

イザークさんのヤン誕生日記念SS


宇宙歴793年4月。
 
同盟軍第8艦隊司令部作戦課に属するヤン・ウェンリー中佐は、宇宙空間で誕生日を迎えた。 
作戦展開中の事であったし、なによりはるばるハイネセンから、バースデイ・カードの名目で送られてきた、
後方勤務本部に在籍している彼の知己、アレックス ・キャゼルヌ准将から、  
「いよいよ四捨五入どころか、五捨六入しても30代の仲間入りだな」 などという、
涙の出るほどありがたいメッセージをいただいては、祝う気持ちも 半減しようと言うものである。 
「カプチェランカ、ねえ・・・」  
肉視窓から見える、いかにも不景気そうな酷寒の惑星を眺めて、ヤンは一人 つぶやいた。 

ダゴン星系に所属するその惑星は、かの有名な「ダゴンの殲滅戦」以来、戦略的な重要度の為に、
年中戦場となっているのだ。  
今回の作戦も、帝国軍に占領されたカプチュランカの再占領という、もはや 第何次という冠詞をつける
ことすらおこがましいものであった。
艦隊の作戦行動 としては、衛星軌道上よりの艦砲射撃で揚陸艇の援護を果たす、という、
戦術的 行動とは無縁のものであったために、ヤンとしても奇抜な作戦案をたてる必要が無かったため、
太平楽にしていればいいかな、などと考えていたのだが。  

「まあ、そう不景気な顔をするなよ、ヤン」 
ジャン・ロベール・ラップが苦笑しながら、ヤンの心情をトレースしてみせた。 
本来ならばラップは、ヤンの同期とは言え階級は少佐であり、その事からすればぞんざいな口の聞き方ともとれるが、
ヤン自身が  「元々何かの間違いでこんな地位に就いているんだしなあ」 とうそぶいて、
二人だけの場合はフランクな話し方でいる事を希望したため、ラップもそれを受け入れている。 
「どうせいつかは「当番」がやってくるはずだったんだ。こればっかりは、士官学校の「日直」とは
ワケが違って、サボる事もできないだろう?」  
「私はできればサボりたいんだけどなあ、なにか良い知恵はないかい、ロベール?」 
「可能かどうかは別として、一番良いのはイゼルローン要塞を占領してしまうことだろうな」 
「そりゃそうだが、準備も無しに今すぐって訳にもいかないだろう?即効性の良薬はないもんかね」 
「おとがめが恐くなければ、こういう手もあるがね」  
そういってラップは、コーン・ウィスキーの小瓶をおもむろに取り出してみせた。 
瞬間、喜色を浮かべたヤンの手が伸びたが、しかしそれはむなしく空を切った。 
司令部に属する二人に、呼び出しがかかったからである。  
「さすがに、今いい匂いをさせて行くのは得策じゃ無いな」  
苦笑とともにしまわれた小瓶を、それこそ未練がましく見ているヤンに、ラップは苦笑を浮かべて肩をたたいた。 

「突入部隊の臨時副司令官、ですか?小官が?」 
ヤンは、司令部から聞かされた命令内容にしばし唖然とした。  
第8艦隊群の内、揚陸艦と宙母からなる800隻足らずの分艦隊に、ヤンは配置されたのである。 
帝国軍の艦隊が、哨戒艇によって確認されたため、本隊はそれを迎撃するために衛星軌道上から0.3光秒離れた
宙域で作戦行動を執り、その間にヤンの指揮する 分艦隊が、カプチェランカに強襲揚陸を果たす、というものである。 
単純な武人であれば、先陣の名誉と喜ぶところであろうが、生憎ヤンには司令部の思惑が見て取れてしまう。 
(援軍が想像以上に多ければ、見捨てて逃げる気だろうな)  
何年か前にも、似たような状況があったような、などとヤンは考えていた。  
おそらく、「一度出来たんだから、もう一度やってみせてくれ」ということであるのは明白だった。 
(・・・これだから軍隊って奴は度し難いんだよなあ・・・)  
心と表情で思いっきり拒否の体を表しては見せたが、堅苦しげな眼光を放つ、現在の彼の上司、
第8艦隊司令官マルコム・ブラッドベリー中将は気づいた様子も なく、淡々と指令を述べていった。 
さらにヤンが残念だったのは、ラップと引き離されてしまったことだ。  
彼は主力艦隊の一部である、アップルトン少将の指揮する艦隊に配置されてしまったのだ。 
これについては、ラップの方からも抗議の声が挙がったのだが、ブラッドベリー中将はまったく取り合う様子もみせず、
つくづく彼らは上官運に恵まれていない 事を再認識させられる形となった。  

「仕方がないさ、ロベール。我々の声が蟷螂の斧なのは、どうやら士官学校時代からの伝統らしい」 
「仕方がないですむわけがないだろう!どうするんだ、ヤン」  
「しょうがないだろう、本当に。まあ、なるべく生きて帰れるように努力はするつもりだけどね」 
「いざとなったら全力で逃げろよ、ヤン。たとえそれで軍法会議にかけられても、俺が全力で弁護してやる!」 
「頼りにしてるよ、弁護士志望のラップ先生」  
「茶化すな。それに、おまえにもしもの事があったら、俺はジェシカに顔向けできんからな・・・」 
「・・・そうだね、彼女だけは悲しませるわけに、いかないな・・・」  
二人にとっての共通の友人である、ライト・ブラウンの髪をした女性のことを、二人は想起した。 
ヤンにとっては、僅かな胸の痛みを伴うものではあったが。    

急造編成のため、ヤンは自分の手持ちの部隊に、ろくに面通しも出来ないまま、作戦行動に入ることを余儀なくされていた。 
揚陸作戦にあたって、地上戦では敵無しと喧伝される「薔薇の騎士連隊」の連隊長、オットー・フランク・フォン・ヴァーンシャッフェ大佐と、
戦闘機部隊の「第88 独立空戦隊」の戦隊長、キース・ブランネル中佐にだけはミーティングを催した
のだが、流石にその部隊員の一人一人までは面通しをしている時間はなかった。 
当面の、ヤンの上官になるシンプソン・ヒッコリー准将は、濃藍色の瞳をヤンに向けて茶色がかった口ひげを僅かにふるわせた。 
「細かいことは中佐に任せる。突入の指揮は私が直接執るので、中佐は上空からの航空機による援護を指揮してもらう」 
「はあ、努力します」  
明らかに気のない返事を返してしまったヤンだったが、もともとヒッコリー准将とはソリが合わなかったためだけに、
無理からぬ事といえた。  
必要事項だけを簡潔に述べると、再びヒッコリー准将は不機嫌そうに沈黙した。 
(やれやれ・・・)  
ヤンは密かに、心の中で嘆息した。  

作戦予定時刻になり、揚陸艦の部隊が濃密な密度を持つ惑星カプチェランカの大気圏内に降下を開始した。 
宙母部隊を指揮するヤンは、哨戒艇を惑星の近辺に発進させつつ、大気圏内 用スパルタニアンの発進準備にとりかかった。 
2時間前の情報では、付近に帝国軍の艦影は認められなかったということだが、
それを鵜呑みにして手持ちの艦載機を全機発進させると、いざというときに直掩戦闘機がなくては、
宙母部隊は七面鳥撃ちの格好の餌食にされてしまうのだ。  
このあたりの運用が、宙母部隊の難しいところでもあるのだが、士官学校時代のヤンは、
それにも卓越したセンスを発揮していたのだ。  
実際、シミュレーションでは、似たようなケースでラップやアッテンボローと組んだ場合、ヤンは負け知らずの成績を修めていた。 
「しかし、今回のようなケースでは・・・」  
ヤンは考えた。帝国軍の艦隊がどの程度の戦力を保有しているのかは不明だが、本来の目的がカプチェランカの占領にある以上、
速戦を基本として全艦隊をもって これを占拠し、しかる後に敵艦隊に対して備えるべきである。 
わざわざ分断させて二方面作戦を採る意味がない。  
風評では、ブラッドベリー中将は艦隊戦にこそ華美を見いだす性格、と巷間で噂されていたが、
このような状況でその信憑性について確認させられるとは、ヤン は流石に考えていなかった。 

「やれやれ・・・散々な誕生日になりそうだ」


 「よし、艦載機の発進を開始。全部隊の70%を惑星占領に投入。残りは艦隊の直掩行動に入ってくれ」  
投下型のフラットデッキから、スパルタニアンが切り放されて虚空に舞う。  
すでにヒッコリー准将以下の揚陸部隊は、大気圏の中に侵入を開始している。 
地上からの、作戦終了を告げる通信が来るまで、当該宙域を確保するのが、今回のヤンの任務なのだ。 
無論、作戦が終了しても仕事は多い。
大気圏内に突入したスパルタニアンには、 自力で大気圏を離脱する能力は無く、
宙母部隊が迎えに行ってやらないといけない のだ。
その上で、戦場の推移によっては撤退する事も考えに入れなければならない。 
「私の勤勉さは、エル・ファシルで使い果たしたのになあ」  
思わずヤンはぼやいていた。
 
惑星カプチェランカの大地では、凄惨な地上戦が展開されていた。  
酷寒、高重力、水銀性ガスという悪環境の中で、前線の所在すら不明確な混戦状態になっていたのだ。  
揚陸部隊として突入したヒッコリー准将の部隊も、意外なほどの苦戦を強いられていた。
濃密な大気のために、スパルタニアンの軽快な推進力は減殺され、満足の いく援護も出来なかった。 
地上に築いた拠点から、高密大気内でも行動が可能な攻撃機、「ハンニバル」が出撃したが、
目視界すら定かではない状況下で、どれほど有効かは見当もつかなかった。  
すでに最前線と思える拠点で、同盟軍は苦戦を強いられていた。  
想像以上に勇猛な帝国軍の兵士が立てこもった、入り組んだ地形の、天然の要害で侵攻が停止していた。  
自動射撃システムが張り巡らされたその地形には、帝国軍の兵士は僅かにしか残存していなかったのだが、
その残存していた兵士が想像を絶する苛烈さで、拠点 を防御していたのである。 
「敵ながら天晴れな雄敵だな。ヴァーンシャッフェ隊長、小官を出撃させてくれませんか?」  
「薔薇の騎士連隊」の副隊長、ワルター・フォン・シェーンコップ中佐は、連隊長のヴァーンシャッフェにそう申し出たが、
最終的に司令権を有するヒッコリー准 将の返答はノーだった。  
「消耗戦に引きずり込めば、放っておいても勝てる。貴官は自らの戦線を確保する事に専念されたし」  
事務的に伝えられた命令に対して、シェーンコップは口に出しては、面白くもなさそうに「ふん・・・」とつぶやいたにとどまった。  
無論、本音の部分では異なることを考えている。  
「そんな時間があるのかね、今回の戦闘は?」  
「どうでしょうね、元々本気で攻略するつもりがないのと違いますか、上層部としては?」 
彼の主だった部下の一人、カスパー・リンツ大尉はそう答えた。  
「だいたい我々が編成された課程にしても、相当もめたように聞いてますが」 
会話はそこで途切れた。
帝国軍の大気圏内用攻撃機、「スレイプニル」が急降下 爆撃をかけて、包囲の輪を崩そうとしてミサイルを放ったのだ。 
極低周波ミサイルが随所で炸裂し、氷片と土砂が舞い上がって、ただでさえ弱々しい太陽光をさえぎり、
地上波のレーダーは撹乱された。  
「ちっ!噂の撃墜王、カール・グスタフ・ケンプの部隊だな」  
ヴァーンシャッフェがはき捨てた。
スレイプニルの編隊はあっという間に飛びす さり、爆撃をかけられた一角から、敵の兵士は退却を果たしたようである。 
その数が僅かに2名であったという事から、ヒッコリー准将は歯がみして怒りを露にしたが、
その姿を見たシェーンコップは、  
「こいつはただのあほうだな。だから俺が行くと言ったんだが・・・」
と心の中で決めつけた。
 
宙母から発進したスパルタニアンの部隊も、劣悪な大気環境の中で苦戦していた。 
普段慣れない大気圏下のコンバット・フライトに、情けないことに戦隊長であるブランネル中佐が、
一機のスレイプニルに早々と墜とされてしまったのだ。  
「なにをやってんだかなあ、ウチらの大将は!」  
憤慨と情けなさに、怒りをそえてカクテルにした言葉を、オリビエ・ポプラン少尉は口にした。  
「しょうがないだろう、実戦じゃろくにやることなんてないからな、大気圏でのC・Fなんか」  
通信に、同僚のイワン・コーネフ少尉の声が入ってきた。  
「ぼやっとしてる場合じゃなさそうだぜ、タリホー!8!」  
敵機接近を、ウォーレン・ヒューズ中尉が伝えた。  
「よし、ポプラン、アイボールはまかせた。
コーネフとヒューズはウィングマン、 俺が打ち合わせ通りハンターをやる」  
サレ・アジズ・シェイクリ中尉が指示を出した。  
ルース・デュールから一斉に散開した4機は、作戦に従って行動を開始した。 
たちまち大空に、ベーパーによって生まれた飛行機雲が螺旋を描き出す。  
ポプランが戦闘速度のまま、敵機群の中にニアミスぎりぎりの急接近を行って編隊を切り裂いた。
算を乱した敵機群は、4機ずつの集団に瞬時に移行すると、 ポプランの後を追い始めた。 
「よし、きやがれきやがれ・・・」  
軽く唇を舌で湿して、ポプランは操縦棹を握りなおした。  
急降下と急上昇を繰り返して、敵の陣形を乱すべく、ポプランは縦横無尽に飛び回った。 
その中から、やや出遅れた一機をシェイクリが狙い、一掃射で散華させた。  
「一つ・・・」  
シェイクリの存在に気づいた一機が、機首を巡らせようとした瞬間、コーネフの放った対空ミサイルがエンジンに突き刺さった。  
「二つ!」  
間髪を入れず、うろたえたもう一機をシェイクリが追い回す。
急旋回で回避しよ うとしたそれを、こんどはヒューズが撃墜した。  
「三つ・・・!」  
ポプランを追いかけていた最後の一機が、シェイクリの照準に入った瞬間、敵機は急激に減速すると、
機首を急角度で跳ね上げて、シェイクリのスパルタニアン をやり過ごした。
そして再び水平に機体を戻し、逆にシェイクリを追い始めた。  
「プガチョフ・コブラ!?野郎!」  
そのままシェイクリは急降下に突入し、彼の後背を取った敵機から離れようとした。 
「ちっ、かぶられたか!」  
ラダーを蹴飛ばし、シザー運動で回避行動を取るシェイクリ。
そして、敵機が追尾 すべくヨーイングした瞬間、機銃掃射でそれは四散した。 
ループで舞い戻ったポプランが撃ったのである。  
「貸し一だぜ、シェイクリさんよ」  
「抜かせ!敵はまだいるんだぜ」  
「後方警戒!ちっ、メーデーメーデー!ドーフマンがやられた!」  
「散開!スペード・リーダーからヘッドクォーター!敵の位相は分かるか!?」 
再び、通信回線が喧噪で満たされた。
敵の迎撃戦闘機が上がってきたのだ。  
「パワー、ミリタリーレンジ!気を抜くなよ!」
 
そしてその頃、第8艦隊主力部隊も、また戦端を開いていた。  
「敵艦隊補足!距離、1.8光秒!グリーンゾーンからイエローゾーンに侵入」 
「最大射程範囲内に入りました!」  
「戦艦部隊、主砲、三連斉射!ファイアー!」  
「エネルギー中和磁場展開!」  
「熱源、接近します!あと20秒!」  
「敵艦隊、およそ10000隻あまりと思われます!」  
「8艦隊は、惑星占領に割り振った、ヤンのいる艦隊を含めても総勢は8000隻足らずである。
純粋に、数量の上で不利と言えた。  
「陣形を広くとれ!方形陣を敷き、正面から受けて立つのだ!」  
ブラッドベリー中将の指令が、艦隊に通達された。  
「バカな、絶対数が不利なのに正面から受けてたつだと!?一体何を・・・!」 
ラップは思わずはき捨てた。
効果的に運用すべきならば、両翼にたとえ1000 隻でも遊撃部隊を展開しなければ、正面から受けて立つ意味はまるで無いからだ。
側背後背に味方の攻撃隊がいない限り、正面衝突の結果は単なる消耗戦になることは明白である。  
ラップはその旨を、上官であるアップルトン少将に意見具申したが、その努力は報われなかった。  
「貴官の意見は一理ある。だが、もうすでに遅きに失した。戦端が開かれてしまった以上、
今からでは兵力分散の愚を犯し、各個撃破の好餌になる恐れがある。
しばらくは状況も変化のしようがない」  
「ではせめて、微速で後進しつつ敵艦隊をこちらの縦深陣に誘導し、中央突破をはからんとする敵艦隊を左右より挟撃する、という作戦を」  
「司令部もそのつもりだ。しかし、まだ時期ではない。暫くは敵の侵攻をこの状態で受けとめねば、その機会も訪れぬ」  
(その時期がいつ来るというのだ?!ほんの一瞬しかチャンスはない・・・!) 
ラップは本気で憤りを覚えた。  
(ヤンを本気で見捨てるつもりか、司令部は!?)  

その頃、心配の種となっていた当人は、一つくしゃみをしていた。  
「ロベールがなにか噂してるかな?いや、キャゼルヌ先輩だろうか・・・」  
すこしずれたベレー帽をかぶりなおして、ヤンは自分の取った作戦が、果たして杞憂に終わってくれれば良いのだが、と考えていた。  
「まあ、必要が無かったとしたら、責任をとって軍を辞めればいいことだし」 
「また始まりましたね、先輩の「辞めたい節」が」  
もつれた毛糸のような、鉄灰色の髪をした、大尉の階級章をつけた若い士官 が、ヤンに笑いかけた。 
「でも、いいんじゃないですか?カプチェランカの状況では、航空機の運用は極めて難しいですから、
へたに消耗するよりよっぽど有意義と思いますが?」


(続く)