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イザークさんの伝言板物語 第二部 Part.1

赤い髪の先生


<第9話>

 一般的に、帝国本土オーディンからフェザーンへと至るルートには、幾つかの
分岐があるが、もっとも中心的なのがガルミッシュ要塞の存在するキフォイザー
星域から、シャーヘンへと至るものであろう。
その航路を今、一隻の貨物船が航行している。
塗装はやや古ぼけた感があるものの、錆のついたような処は見受けられず、
持ち主がこまめに手入れしていることがよく分かるというものだ。
フェザーン船籍のそれは、「小夜鳴鳥(ナイティンゲール)号」という名前である。
その中には、3人の男女がいた。


「…お父様…」
「…申し訳ありませんでした、私の力が至らないばかりに…」
「キルヒアイスは悪くない!そうだろう、姉さん」
「……」  
見事な金髪を有する、万人がほぼ瞬間的に姉弟と看破するであろう少女と少年、
そして強靭なサーベルを連想させる長身痩躯の、見事な赤毛を有する青年。
しかしながら彼らは、この世においては尋常ならざる位置にいるとしか言えない。
彼らは、亡命者なのである。  
見事な金髪を有する姉弟の姉の名は、アンネローゼ・フォン・ミューゼルという。
彼女はその美しさ故に、銀河帝国皇帝フリードリヒW世の後宮へと納められる処
であったのだが、これを由としない弟、ラインハルト・フォン・ミューゼルが、彼の教師であり、
親友でもある赤毛の青年、ジークフリード・キルヒアイスに相談し、 結果彼らは帝国よりの脱出を試みたのである。
「…第一、父さんが来る訳無いだろう?姉さんを皇帝に売り渡したんだ、いまさらどんな顔をして出て来るって言うのさ!?」
「ラインハルト!」
 激昂しそうになる二人を見かねて、キルヒアイスがその中に割って入った。 
「やめてください、二人とも…。お願いです、全ての恨み言は私が受けましょう。
ですから、お二人が言い争うのは…どうか、やめてください…」  
二人の姉弟は、その言葉に沈黙せざるを得なかった。特にラインハルトにとっては、
元々無関係であったキルヒアイスを巻き込んでしまったという自責の念があり、
これ以上キルヒアイスを困らせるようなことは、決してしないと密かに誓っていたからだ。
彼らが身を潜めている船室に沈黙が舞い降り、僅かに聞こえるエンジンの音だけが、
しばらくの間聴覚を支配した…
 ほぼ同時刻、ガルミッシュ要塞のある星系、キフォイザー。
 ガルミッシュ要塞の外縁部には、大小含めて約230拠点もの衛星基地や警備隊
の駐留所があるのだが、それらの幾つかに帝都オーディンからの通信が入ったのがいつ頃のことであるか、
歴史書には特に記されてはいない。
 だがその内容は、貴族出身の士官には冷笑と僅かな憤怒で受けられ、平民出の士
官には嘲笑と僅かな憐憫で受けられた。



「ふん、今日も日長一日航路の警備か…。
食うために軍人になったとはいえ、 こいつは少々退屈きわまりないもんだな」 
警備隊の士官室で、色素の薄い水色の瞳をした、鋭角的な顔立ちの士官が、誰に
言うでもなくつぶやいた。  
肩章は大尉の階級章が張り付いている。
しかし、まだ非常に若い。  
顔立ちからすれば、まだ二十歳前後であろう。その年齢に比すれば、大尉という
階級がいかに早い出世であるかを物語っている。
「ファーレンハイト大尉殿、帝都オーディンより、軍務省の通信で命令がきておりますが」
「…軍務省直々にだと?…こんな辺境にか?」  
ガルミッシュ要塞が存在するとは言え、確かに帝国中央部オーディンからは、キフォイザー星系は遠い。
同盟軍がここまで攻め込んで来るには、まず難攻不落と 謳われるイゼルローン要塞を落とさねばならず、
またそのような日は永劫に来ない ものと思われていたため、この星系に赴任されるのは、
事実上の左遷ともとれる 風潮が続いていた。  
通信室に向かったファーレンハイトであったが、すでに到着済みであったその内容をVTRで確認した瞬間、
彼の顔に何とも言えぬ複雑極まる表情がよぎった。
「何?航路上のすべての商船、客船が対象だと…?」
「はい。このような厳戒態勢をなぜ敷くのか、小官には分かりかねますが…」
「生憎俺にも、皆目わからん。分かるとしたら、全能の賢者かよほどの変人だろうよ」 
しかし、軍人である以上、上からの命令は絶対である。
「とにかく、出撃の態勢を整えろ。
周辺宙域に展開中の各警備隊にも通達、宙路封 鎖の準備を急げ!」
(何があったかはわからんが、俺は俺の任務を全うするだけだ)


「…艦長、こいつはまずいですな…」
「どうした?」
「帝国軍がなにかに気づいたようです。キフォイザー星系に宙航路封鎖の命令が出されたようですぜ」
「…何だと?」
「小夜鳴鳥号」のブリッジで、艦長以下がその通信を傍受したのは、いまやキフォ
イザー星系に正しく差し掛かろうとしているその時であった。
「今から航路の変更は行えるか?」
「ムリですな、もう恒星の重力圏に差し掛かろうとしてます、今から転進していて
はフライトプランにかなりの誤差が出ます。……それに」
「…どうした?」
「"お客さん"のようですな、ったく間が悪い…」  
航海士の示したレーダーサイトには、幾つかの光点が灯っていた。
「なかなかどうして、打つ手が早いな…くそ、おい!ワシらの「お客さん」を、大急ぎで船倉の格納庫に連れていけ!
臨検レベルがどのくらいかわからんが、 あそこならそうそう見つかるまい!」
「了解、ボス!」
 まだ若い容貌の、しかしすでに頭部の最前線は着実に後退を余儀なくされているマリネスクという男が答えた。


(続く)